小説『雨は降らない』 零話

 

プロローグ

 

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 山にはたくさんの危険があると子供は知っていた。この獣道だって、安全とは言いにくい。きっと、人だって歩くだろうし、狐だって追ってくるに違いない。
 しかし、この子供。普通の子供と少し変わっていた。真っ白な毛並みに、猫のようにふにょふにょとした尻尾。もふもふとした白い髪にまぎれて、立派な耳が二つ。そう、猫の特徴をとってつけたような容姿を持っていた。
 小鳥の鳴き声を聞いてから、耳は時々ぴくぴくと動く。ぎらぎらとした日差しをうけているからなのか、時たま手をひらひらとさせ、顔に小さな風をあてている。やがて、子供は着物の懐から小さな水筒を取り出した。竹で出来たソレをくいっと、一気に飲み干す。小さな口元からこぼれた水滴を袖で乱暴にぬぐった。


「あちぃよ、まったく……近くに水場でもないかな。俺を創るだけ創って置いていった人間を恨んでやる。その辺で拾ったコレだけが救いだよ」


 この世界には、いろいろな職業の人間であふれかえっていた。人が宙で筆を振るえば、生命溢れる生きた絵を誕生させる宙絵師。
 動物に創造を吹き込み、幻想的な生物を作り出す幻想師。その他にももっとたくさんの職業がある。
 この小さな子供はその幻想師によって作り出された子供の猫だった。


「憎たらしい人間め、今度見つけたら絶対仕返ししてやる」


 猫は怖いんだぞ、とぼやくが、脳内でこのままではこの炎天下の中で死んでしまう。このデカイなりでは、小さなねずみだってとれなかった、と悲壮感溢れていた。
 今だって、子供のおなかはぐるぐると音を情けなく鳴らしている。
 と、目前に人の後姿が見えてきた。山道を歩く彼はあたりを警戒する様子もない。頭にはわらで出来た傘を、手にはその辺で拾ったであろう木の棒を地面にカツカツとあてて歩いている。