小説『雨は降らない』 二話

 

 

 鞄から飛び出してきたのは、胴体のない顔とやはり胴体の無い白い腕だった。
「あぎゃああああ!」
 生首の青い目がぎょろっと子供の視線とぶつかった瞬間、子供は逃げ出すわけでもなく、目的の食料を奪いとったわけでもなく、ただ、ふっと魂が抜けたようにゴロンとひっくり返り、そのまま動かなくなった。

 


 北鼠(ほくね)と呼ばれる地は、とても貧しい地方だった。農村ばかりで、人々の服はぼろぼろである。いかんせん、立派な金持ちはこの北鼠を出て行きたがる。
 田んぼと畑だらけ。若いものは皆畑仕事。手まめが破ければ、つばをつけて作業する。他の職など宿屋か服屋のどれかだろうか。だから、若い者は別の裕福な地へ憧れるのだ。
 この村も貧しい者が多い。牛小屋のすぐ傍らには、小さな宿屋があり、一部屋を貸すだけの貧しい宿屋だった。
 もぞもぞと、子供は固い布の上で目を覚ました。紺色の布だ。ひんやりとした冷たい風にはっとして、耳をぴんっと立たせ、あたりを見回す。ぼんやりとした視界。それが次第に開けていけば、そこは小さな一室だと理解できた。
 木で出来たぼろぼろの低い机。その上に敷かれた白い布。穴が空いたのか、縫われた座布団と同じような布団。長年使って換えられてないのか、しみのようなものがついていないのが解る。
 そして、自分のいる位置を見てぎょっとした。
 人間がいた。黒い髪を持つ人だ。自分はこの男の膝を枕にして寝ていたのだ。布だと思っていたのは男の着流しだ。