2015.07.17『雨は降らない』三話

 

 

 思わず身を固め、男の顔をまじまじと見つめる。何か作業をしているようで、こちらには気がついていない。
 彼はすごく若かった。何よりも翡翠よりも深い緑が印象的だ。猫には良く解らぬが、人で言えば整った顔立ちをしているのだろう。
「あがが……」
 そいつの視線がふとこちらを向いた。目が合った。彼はにこりと微笑むわけでもなく、ニヤリと笑んだのだ。
「よぉ、出会い頭良くも人の鞄をずたずたにしてくれたなぁ? 盗人さんよぉ」
 男は怒っているわけではなさそうだったが、目が嗤っていた。猫は慌てて立ち上がった。距離をとり、尻尾をぴんっと立てた。
「誰が盗人だ! 俺はお前からご飯を奪おうとしただけだ!」
「人の鞄を切り裂いておいて、よく言う猫だ」
 男はくつくつと笑う。今、気がついた。男は煙管をくわえていた。あまり煙草らしくない臭いだ。ふっと宙に吐き出された煙はもくもくと薄く広がり見えなくなる。
「泥棒猫さんよ、お前さんは人の常識を知った方が良い」
「お前のものは俺のもの! 俺のものは俺のものだ!」
「ほお……」
 男の目が細くなる。この男、とても怖い。今すぐ逃げ出したかったが、男の方が扉に近いのだ。彼は面白そうに口元を三日月に作り上げた。
 そして、煙管をコトリと専用の盆に奥。そして、扉近くの大きな鞄へ近寄る。大きく切り開かれたソレ。