2015.07.21『雨は降らない』

「ほら、食えよ。腹減ってるんだろう」
「だ、誰が!」
 男はニヤッとする。こいつ、楽しんでると猫は男をねめつけた。男は手で魚を半分に裂くと、ひょいっと手で掴み口に入れる。上品とはいえない食べ方だったが、それはおいしそうに食べるのだ。
「流石、北鼠の魚だな。豊かな作物に自然。恵まれた肥料の土が川に栄養を流し込んで海に流れ込む。うめぇじゃねぇか」
「回りくどい説明だな」
「口に入れたら、魚がふわっと消えやがる。もったいねぇな。こんなにうめぇのに、頭の悪い猫はいらねぇと言う」
「お前、むかつくな!」
 余った魚を奪い取るようにつかみ、小さな口にいっぱいいっぱい詰め込む。そして、ぱっと目が丸くなった。
 男の言うとおりだった。口に入れた魚が舌に触れると、ふわふわと溶けて消えた。そして、旨みがぎゅっと口中で広がる。鼠の肉とは全然違う。
 ましてや、人里のごみをあさって食べた魚とも違う。
 思わず男を見る。男は笑っていなかった。こちらの様子をじっと見つめている。もしかすると、言葉を待っているのかもしれない。
「美味し……くない」
「あっそ」
 男はふっと笑った。あまりに優しく笑うものだから、もしかすると良い奴なのかもしれないと猫は思う。ごくんと全て飲み込み、男に向き直る。
「お前、名は?」
「東乃、雲と言う」
「ヒガ、シノクモ? 長いな……ひがしのくも、ひがしのくも」
「東雲で良い」
「シノノメ?」
 ややこしい名前だなと猫は思った。考えが伝わったのか、男はにやにやとしている。