2015.07.23『蝉時雨』
『蝉時雨』
イラストキャラ:風優
八畳間の空間、着流し一枚の黒髪男性は敷居に腰を下ろしていた。彼の右目元は赤くただれてしまっている。しかし、彼が見る外の景色は絶景だ。青い楓に池、遠くに見える向日葵が夏を思わせた。清清しいほどの青い空には蜻蛉たちが群れを成して、空を往く。スンっと香りを吸えば、ほんの少し夏の香りがした。
遠くでは、蝉たちが一生の終わりを告げるかのように鳴いている。夏の蒸し暑さは猫を追い込むようで、男性の傍らで黒い猫が暑さにやられている。男性はそんな猫の背中を優しい手つきで撫でた。
「本当に暑いな」
微かな低語の声が聞こえる。遠くで風鈴の音が夏を告げていた。男性は猫に視線を落とす。赤い隻眼が猫を捕らえ、目を細める。猫は撫でられている事に満足しているのか、ゴロゴロと甘え声を出した。
「風優!」
庭の方でテノールの声が響いた。風優と呼ばれた黒髪の男性が億劫そうに池の方に視線を移す。そこには楽しそうに子供たちと遊ぶ茶髪の男性がいた。彼は風優に気がつくと手をパタパタと振る。
「んだよ」
「こっちにくるんじゃ!」
風優は眉を顰めた。五、六人の子供に囲まれた男性は彼らと追いかけっこを楽しんでいる。楓の葉にとまっていた蜻蛉たちが一斉に空へ舞い上がった。
風優は少しそれを残念そうに見上げてから、喧しい庭を疎んだ。元々、独りが好きな風優にとって状況は好ましくないのだろう。
「フェーブ、子供らを向こうにやれ」
煩を厭う風優に対し、フェーブと呼ばれた男性は少しだけ残念そうな笑みを見せた。
「風優、子供たちと遊んでやって欲しいんじゃ。この子らは親がいないんじゃよ?」
「どうせ、壊す世界なんだろ。んなもん、何がいい? 何の得になる」
風優の鋭い言葉に子供たちが困ったようにフェーブを見る。
「風優」
「あ?」
「お前、本当にそう思っているのか?」
水面に困惑した子供たちの表情が映る。風優の膝上にいた猫が大きな欠伸をし、自分の足を舐め始めた。フェーブは風優を眇める。
「子供は嫌いかの?」
フェーブの問いに風優は答えなかった。ただ、肩を竦めて、フェーブの素直な青い瞳を睨め付けるだけだ。子供たちもその瞳を見て、びくりと肩を震わした。
フェーブはそれに気がつき、「分った分った。邪魔したのぅ」と子供たちの肩を叩いて、庭遊びを始める。
風優は隠れるように、敷居から書院に身を寄せた。猫は突然動いた風優に驚いて、一声鳴いた。書院に座り込んだ風優は胡坐を組み、一冊の本を懐から取り出す。猫は風優の周囲をぐるぐる回って、入り組んだ足の中で落ち着いた。
外からはミーンミンミンミン、ツクツクホーシ、ジージージー、シャーシャーシャー、カナカナカナカナ。数多の蝉たちが人生の最高期を迎えている。
と、独りだけの部屋にトテっと小さな足音が響く。風優は視線だけを敷居に向ければ、小さな女の子が風優の方をじっと見ていた。
それに気が付いた風優は文字から目をそらさず、低く威圧するような声を発する。
「んだよ」
「えっと……」
女の子の視線が困ったように動く。外ではフェーブと子供たちの騒がしい声が響いている。
「猫さんの名前は?」
どうやら、この子は猫に興味があるらしい。風優は自分の足元で丸くなる猫を見る。黒猫は時折しっぽを振るだけで、それ以外は動かない。そういえば、猫の名前は知らないな、と風優は思った。
女の子の瞳はじっと猫を見つめている。
「ここの女将なら知ってる」
「お兄さんの猫じゃないの?」
それがどうしたんだ。風優は答える気がないのか、本の文字に集中した。女の子は首を傾げて、風優に近寄ってくる。そして、彼の目の前に来て、猫と彼をじっと見つめた。
姿を見られている事が擽ったいのか、風優は数歩下がって、壁側に背中をつける。そして、女の子と向き直った。改めて女の子を見れば、ぼろぼろの着物を着ており、頬は煤だらけだ。栗毛の髪もくしゃくしゃ。暫く風呂に入っていないのだろう。微かに髪の臭いも混ざっている。
「お前、ここの働き手か?」
「うん。そうだよ」
「そうかい」
風優は何も言わずに文字に目を通す。しかし、女の子の視線が嫌なのか、文字は頭に入ってこない。
「ねえ、お兄さん!」
そして、再び視線を女の子に。彼女はにこにこと笑って、風優を見ていた。
「何のお本を読んでるの?」
「本は本だ」
「何て言う題名?」
風優は黙り込む。表紙を少女側にしているのだから、文字は見える筈だ。尋ねると言う事は、それほどの学を持っていないのだろう。
女の子は面白そうだなぁ、綺麗な柄だなぁと目を輝かせている。そのキラキラと光る瞳は水平線に反射した光。女の子の瞳は海を映しているようだ、と風優は思った。
「おい、こっちに来い」
「うん?」
女の子は不思議そうな顔をして、風優の傍に寄る。怪訝そうな顔をしつつ、彼女に墨を含ませた筆を持たせる。書院には便箋用の紙がある。その紙と少女を向き合わせた。
「ほら、この字書いてみろ」
本をそっと紙の傍においてやれば、少女は慣れない手つきで筆を使う。風優はしっかりと筆を持たせてやる。そうすれば、少女はよろよろの字を完成させた。
「えっと……こう?」
「ああ。これで、蝉時雨って読む」
「せみしぐれってなあに?」
風優は書院の前にある障子を開いた。それと同時に途切れることのない蝉の声が響く。女の子は外を駆ける子供とフェーブを見た後、明朗快活な瞳で風優に視線を返す。風優はそんな視線から逃れ、フェーブたちの鬼ごっこを眺める。
「蝉の声。途切れないだろ。でも、一瞬にして静まり返る」
「うん。蝉さんたちすぐ死んでしまうもの」
「この声を雨に例えた事だ。激しい雨の後、ぱたりと止む。蝉もああやって鳴くが、すぐに静まり返る」
「だから、蝉時雨なの?」
「ああ。一瞬のひと時だ」
風優は何気なく少女の瞳を見た。何処までも無垢な瞳は風優の心を掻き乱す。邪険に扱えない瞳に苛立ちも感じるが、こういう瞳は嫌いではない。
「そろそろ、雨止んじゃうね」
「ああ……秋が始まる頃には止むだろうな」
そう呟けば、やけに蝉の声が悲しく聞こえた。
テロ活動の仕事は順調だった。クロノスとの徹底抗戦のため、嘘の情報を配り終えた風優はいつもの宿に戻る。フェーブも帰ってきて、彼はいつも通り子供たちと遊んでいた。
この辺りは花街という事もあり、隠れるのにはもってこいだ。金さえ払ってしまえば、後は極秘の存在として扱ってくれる。
不思議な事に、人間というのは慣れてしまえば、煩さなども気にならなくなってくる。ここに滞在して一ヶ月間。あの女の子は風優の元に毎日訪れた。
そして、いろんな事を聞いてきた。時雨の事、花の名前や駒の打ち、風優が好きな三味線。音を鳴らせば、どうやって音が鳴るのかまで聞いてきた。答えられず、二人でうんうんと悩む始末。
しかし、どんなに勉強しても、あの子はここから出られない。もちろん、他の子供たちもだ。フェーブも分っているのだろう。
それが、奴隷の末路だからだ。
秋が近づいた頃、風優の元にあの女の子は現れなくなった。風邪を引いたのだろうかと、心配になりもした。
が、あそこまで頑なに遊びを断った風優だ。フェーブや他の子供に尋ねるのも気が引けた。何より、花街の子供たちの行く末など決まっているのだ。
煙管を手に、ぼっと外を見つめる風優が庭からでも見える。書院の窓障子を開ききっているためだ。その行動は誰かを探しているようにも見える。今にでも蜻蛉が彼の頭に止まりそうだ。
風優の異変に気がついたのはフェーブだった。いつもなら、子供と庭を駆けているだけでも、煩そうにしている彼が外を見て黄昏ているのだ。フェーブは書院の窓から顔を覗かせる。
「風優、頼まれてた煙草じゃ。お前、どうしたんじゃ?」
「ん、ああ……」
我に返ったように煙管の灰を煙草盆に乗せ、珍しく口篭っている。フェーブは煙草を彼の目前に置いた。そして、彼を見て、カラカラと笑った。
「何じゃ。良い女でもいたのか?」
「そんなんじゃねぇよ。万年、盛りのお前とは違う」
「どうしたんじゃ?」
「あのよ」
少しためらうように、切なげに揺れた隻眼。しかし、すぐにフェーブを見据えた。
「あの女の子どうしたんだ」
「女の子? ああ、あの子か」
風優はその答えには応じず、じっとフェーブを見ている。先を話せと、彼の隻眼が告げている。
「あの子なら、引き取られた」
「そうかい」
「気に入ってたのか?」
「お前よりはな」
「あっはっは、なきそうじゃ」
フェーブはそう言って、ゲラゲラと笑った。風優は煙管を置くと、いつの間にか止んでいる蝉の声に気がつく。フェーブは外を見る風優に気がつき、少しだけ考えてから言った。
「風優、分っていると思うが」
「そろそろ、ここを出るんだろう?」
「うむ。分ってるならいいんじゃ。お前も言っておったが、どうせ、世界は終わるんだろう。それはもうすぐじゃ」
フェーブは心情を吐露し、ゆっくりと腰をあげた。風優は片目だけでフェーブの姿を追う。何か言いたそうな顔をしているが、フェーブはそれを見ない振りした。
「フェーブ」
「なんじゃ?」
「お前、いきてぇって言ってただろ。最後なら見に行こうぜ」
風優は水を向ける様に呟いた。フェーブが振り返れば、風優の視線は窓のほうに注がれている。深いため息をつき、茶髪をガシガシとかく。
「素直じゃないのぅ。まったく」
「お前もな」
「どの口が言うんじゃ」
「お前の口」
「……はぁ。仕方ないから、行ってやる。しかし、お前の奢りじゃ」
フェーブは鼻で歌うように答えて、部屋を出て行く。そして、子供たちの前へ飛び出して、再び鬼ごっこが始まる。風優は何気なく、鬼ごっこをするフェーブや子供を見る。
子供たちは増えたり減ったりしている。この一ヶ月でそれは分った。フェーブは悲しくないのだろうか。いつも、遊んでいる子供たちが日替わり変わるというのに。
ふと、口が寂しくなり、煙管に手を出す。煙草を積め、火をつければ、口の中で香りが広がる。そして、口にたまった煙をふっと吐き出してみる。
「フェーブの野郎、買ってくる煙草違うじゃねぇか……」
夜、花街を風優とフェーブは歩いていた。店頭の桃色灯火が怪しく輝く。甘い香りにフェーブは浮かれ歩きだ。風優はその様子に呆れ、煙管で額を小突いた。
「浮かれんなよ」
「あはは、久しぶりに遊べるからのぅ~うひひ」
「この変態! くたばれっ」
風優はそれだけ言って颯爽と歩く。フェーブは慌てて風優の隣についた。
「まあ、何千年も生きればそう思うかもしれんが、一種の娯楽じゃよ」
「おい、着いたぞ」
二人の目先にある一件の店は老舗のように繁盛している店だった。呼び込みの女に囲まれ、ふっと鼻に過ぎる香水。
連れられて辿り着いた先は花街に相応しい廊下だった。人を誘うような、それでいて、数々の金目の物。フェーブは物色して、辺りをぐるぐる見回しているが、風優の頭には一つしか考えはない。
値踏みするように風優を見ていた女の一人が、すっと風優の肩にふれ、からもうとする。風優は肩に添えられた手を払い、白粉を施された女を見た。
「おい、最近入った幼い子はいるか?」
肩を払われた女は少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに色目を使う。風優は気が付かないふりをした。
「ええ。小さい娘が一人おりますが」
「俺はそいつと茶だけしたい。こいつは……自由にやると思うが」
ちらりとフェーブに視線を移せば、彼は廊下を歩いていた煌びやかな女性に近づいて行った。
「禿ですが……」
「金は出すさ」
女は少し困ったような顔をしたが、すぐに風優を通した。フェーブはふと足を止めて、風優を見やる。
「お前は泊まるのか?」
「帰る」
「あ、そうかえ」
すれ違いとなる二人。風優は女の背をついて歩く。広い廊下を抜け、ようやく出たのは小さな座敷だ。
「音や、音や」
源氏名で呼ぶ声。と、同時に聞きなれた声が響く。
「はい?」
そこにいたのは紛れも無いあの女の子だった。彼女の目が風優の隻眼を見つめたとき、彼女の顔が明るく輝く。
「あ、お兄ちゃん!」
「よぉ」
風優は小さく笑って、畳に腰を落とす。女の子も風優の傍にそっと座った。煤だらけだった頬や着物も綺麗になり、子供特有の柔らかそうな頬が目に付く。少し、太ったなと風優は感じた。
「お兄ちゃんって、どこでも行けるんだね」
「まあな……」
「私ね、ここで働く事になったんだ」
「楽しいか?」
「うん! みんな優しいよ」
にこにこと笑う少女に風優はほっと安堵した。風優は袖から蝉時雨と書かれた本と分厚い本を取り出した。
「ほら、土産だ」
「これ、お兄ちゃんの本?」
「ああ。字は教えただろ。頑張って読んでみろ」
「うん!」
嬉しそうに二冊を受け取ると、少女は花が咲くように笑った。
「まあ、辞書はくれてやる」
「辞書?」
「まあ、読めば分る。その本の後ろにある」
風優はそれだけ言うと、ゆっくりと立ち上がる。女の子はそれを見て不思議そうに首をかしげた。
「もういっちゃうの?」
「ああ」
「そっかぁ。また、来てくれる?」
女の子の問いに風優は黙る。無言で、腰を上げた。
「いずれ、な」
本当のことは言えない。もう、二度とこちらに来れないかも知れないのだ。ただ、ニコニコと無邪気な笑顔を直視できず、風優は金を払い部屋を後にした。
先ほど、風優の肩に手を置いた女性が少しだけこちらを見ていたが、「もう用はない」と告げれば、ゆっくりと頷いて案内を始めた。
玄関先につき、金を支払った刹那だ。柄の悪そうな二人が屋敷に入ってくる。
「げへへ、クロノスの奴らの泣き顔が浮かぶぜ!」
「ヴェントの泣き顔、さぞかし笑えるだろうな!」
「ちげぇねぇ!」
廊下を出る際、二人の男がすれ違い、風優は大きく目を開いた。
男たちは風優に気がつくと、軽く会釈をして、奥に進んでいく。風優は呆然と外に出る。景色の事が全く見えていないのか、途中、玄関で足を踏み外しそうになる。周りにくすくすと笑われながら、屋敷を後にすれば、彼は膝を抱えて蹲るフェーブを発見した。
「おい、お前泊まるんじゃなかったのか?」
「浅葱色はお断り出そうじゃ。グスっ」
「そりゃ、残念だったな」
「ありゃ……? お前、珍しい顔してるな?」
「知るか。こっち見るな。気持ち悪い」
「はは。まあ、そろそろ場所を移動しようか」
フェーブは猫のようにコロコロ笑って歩く。風優は冷たい目で屋敷を振り返ったが、すぐに視線を前に向ける。しかしながら、風優は足取りを乱していた。それに気がついたフェーブは困ったように頭をかく。
「所詮、出会いと別れはすぐじゃ。あいつらは普通の時間を生きてるんじゃ」
彼の言葉に、風優は口を開いたが、すぐに閉じた。そして、再び背後を振り返る。そんな風優に気がついたフェーブは深いため息をつく。
「同情か?」
しかし、風優からの答えはない。それを肯定と受け取ったフェーブは頭をガシガシと掻いた。
「おまえ、今日は変じゃな」
「うるせぇッ!」
普段、冷静を装っている風優が突然目の色を変えて叫んだ。一瞬、場が騒然とする。が、目前の男は全く動じていなかった。
「はぁ。機嫌が悪いのぅ。どうしたんじゃ、本当に」
「お前、知ってるんだろう」
風優の低く唸るような声が、辺りに威圧感を放つ。
「ん?」
フェーブが軽く首を傾げる。それはひょうひょうとしており、その奥底に宿る考えは掴めそうにない。風優も分ってるからこそ、目前の男を殺す勢いで睨んでいる。
「別のメンバーが来てた」
「何じゃ。見たのか」
「おめぇ、知ってたんだな。あいつらはこの街を焼くぜ! 女子供容赦なく、全部壊していく! あいつらも……あの、子供たちもッ!」
「まあ、そうじゃろうな」
フェーブは小さく笑みを浮かべた。風優の殺意とは裏腹に、彼の声は淡々としていた。その笑みを見た風優は刀を握り、ゆっくりと構えた。
「見損なったぞ! フェーブ!」
まるで、狼の威厳だ。ビリッとした殺気が周囲に駆け巡る。周囲にいた人々が油にはじかれた水のように風優とフェーブの外を逃げていく。
「お前は矛盾しとる」
「んだと?」
「お前は言ったがじゃ。どうせ、壊す世界なんだろ。んなもん、何がいい? 何の特になるとな」
怒りに満ちていた風優の殺気が嘘のように消えていく。まるで、牙を抜かれた狼のように。
「ふざけてるのは風優、お前だ」
フェーブはそう言って懐から愛用の銃を取り出す。それは風優の眉間を狙っていた。
「風優、お前は娘一人に惑わされたのか? 違うじゃろ。わしらの目的は何じゃ。娘を助ける事か? 違うじゃろう。世界に復讐すること、お前の目的はなんじゃ」
「おれ、俺は……」
「瑠夏、解っているんだろう?」
「私は……」
瑠夏と呼ばれた風優はそっと刀に込めていた力をそっと解放した。構えも解く。それを確認したフェーブもゆっくりと銃を懐にしまう。
「お前が選んだんじゃろ? 目標のためには手段を選べない。そうだろう?」
「分ってます……」
「ほら、ここは危ない。そろそろ、雨が降りそうじゃなぁ。そうは、思わんか、風優?」
能天気なフェーブの声が風優の耳に刺さる。風優は小さく笑って、空を見上げる。猫の目のような月と広がる星空を睨み、風優は大声で狂った様に笑った。
「今宵は時雨じゃな。きっと、火に包まれた街を雨が癒してくれる」
「どうだかな」
風優は前を歩いていたフェーブを蹴り飛ばす。
「痛っ!? 何するんじゃ!」
「いや、なんかむかついただけだ」
そう笑った風優の隻眼の目元は少しだけ赤くなっていた。街を出る陸橋を渡ったと同時に響き渡る悲鳴。振り返れば、街は見る見る内に炎に包まれていく。
「風優、行くぞ」
「ああ、さようなら」
呟いた言葉は、誰に向けてかは解らない。ただ、いつしか降り出した雨が、悲鳴や炎もろとも包み込んでいった。
終