2015.07.26『桃色の髪』

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イデア、君の力を貸してほしいんだ」
「うん、パパのためならなんだってするよ。私の、たった一人の家族だもの」

 幼い紫髪の少女が父親の手に引かれ、全体が白い廊下を歩く。それは少女が安心に任せたものだ。朝の陽ざしが二人の影を作り出す。無邪気な笑みを浮かべて、父親と手をつなぐその姿は、傍から見れば、幸せな家族だと思うだろう。
 しかし、少女は気が付かなかった。父親の笑みが、歪んでいる事に。

 

 


『桃色の髪』前編

 

 

 


 クロノス本部――。
 人々の依頼を受け、活躍するギルド組織。八人で構成されているギルド組織に休みなどはない。そして、今日も一日が始まろうとしていた。

「ちょっと、どういう事よ! 私にこいつの面倒を見ろって!?」

 怒り任せに放たれる言葉。紫のベリーショート髪を持つ少女だった。勢いに任せて、どんっとテーブルに叩きつけられる拳。マグカップがカタンカタンと揺れ、中の珈琲が波立つ。彼女の目線にいるのは、黒髪の男性――ヴェントだった。

「いや、その。ミカドは別件でさー。イデアしか頼める人いないんだよ」
「この糞上司! 私は依頼で忙しいのに、どうして新人なんか!」

 バッと右手を払う仕草で、指差す。その先にはふくれッ面をしたタルマが、イデアを睨み付けていた。その様子を見ていたヴェントは渋い顔で言葉を発する。

「いや、そのさ……タルマはまだ新人でさ。イデアとも歳が近いし、女の子同士だから……その」

 イデアの表情が徐々に不機嫌そのものに変わっていく。金色の目は細くなっていき、今にでも攻撃をしようとする熊そのものだ。ヴェントの頬から冷や汗がたらっと一つ流れ落ちた。
 その様子を黙ってみていたタルマだったが、口が風船のように膨らみ、終いには、ビシッとイデアを指す。

「私も嫌! こんな人っ!」
「何だって!?」

 バチバチと火花が散りそうな距離にまで二人そろって近づき睨みあった。ヴェントはやれやれと額を片手で抑える。

「とりあえず、今回の依頼を言うから良く聞く事いいね?」
「あ? なんで行く前提で話ししてんだヴェントッ!」
「え、いやその!」
「私もこんな人嫌だよ!」

 二人の顔がずいっとヴェントの目前に並ぶ。乾いた声で笑うしかない彼。しかし、掬い手のが伸びた。扉のノック音だ。

「ヴェント、フェアルーノさんがスピリットの事でお話したいそうだ」
「あーあー! 忘れてたっ! 俺、フェアルーノと用事があった! そ、そういう事で! 頼むよ! ラーレが終わったら二人と合流するから! 書類はテーブルの上だから、じゃ、じゃあっ!」

 早口でまくしたてながら部屋を颯爽と出て行くヴェント。イデアは手に魔力を作り出し、無から杖を作り出した。

「待ちやがれヴェントッ!」

 杖がヴェント目がけて放たれる。しかし、ヴェントに当たる前に扉が閉まり、杖は扉に激突した。カランと落下音が部屋の静けさを作り上げる。

「あーっもうっ! 何なのよ! あの糞上司っ!」

 イデアの叫喚を無視し、タルマは机上に置かれている資料を手に取る。

「父親を探してください……?」
「はぁ?」

 タルマのつぶやきに反応したイデアがツカツカと近寄ってくる。そして、資料を覗き込む。そこには幼い子供の字で書かれた手紙だった。

「依頼主は八歳の女の子みたい。古都ブロステリアで失踪した父親を探してくださいって」
「随分遠い所の依頼だこと」
「出張になるの!?」

 タルマがあっと驚くと、イデアは頭をかいた。

「あの仏頂面、そんな事も教えてなかったの。いいわ、私が教えてあげる。ついてらっしゃい」

 文句を言いながらも歩き始めたイデア。タルマは驚嘆しながらも、彼女の後を追いかけた。


「そ、その。ありがと」
「聞こえない? なんだってー?」

 わざとらしく振り返りながら言うイデア。タルマは目角を立てた。

 ――やっぱり、最低だっ!

 イデアの後をついて歩く。クロノスの本部は塔のようになっており、らせん状に伸びた階段が上に続いている。また、上で煌めくシャンデリアは太陽のように下まで暖かな光を届けていた。
 三階ぐらいに辿り着いた時だろうか。イデアが扉の前で足を止め、開け放った。そこは殺風景な部屋だった。
 白い壁紙に白い床。そして、中央にある台座とその上で青色の光を放つ水晶。広さは人が十人も入れば、窮屈に感じてしまうような広さだ。

「ねえ、この部屋は?」
「私の部屋。ここから移動するの」
「へ!?」

 タルマは部屋を改めて見回す。水晶しか置かれていない部屋。その大きさは、人の頭ぐらい。イデアは中央に置かれた水晶に手を置く。すると、どうだろうか。青白い冷たい光が彼女を包み込んでいる。

「ほら、早く」

 イデアが手を差し伸べる。タルマは自分の手と彼女の手を見比べ、恐る恐ると彼女の手を掴んだ。

「よし、【テレポーション】!」

 青白い光が溢れる。それは一瞬にしてタルマとイデアを包み、風の唸り音をあげながら水晶が光を飲み込んだ。部屋に残ったのは、水晶と微かに残る青白い光だけだった。
 瞬きの刹那、タルマとイデアが居たのは硝子で出来た街だった。水晶が煉瓦の代わりに使われ、入り組むようにして作られた坂の街が広がっている。坂の街を目を凝らしてみれば、橋が点在していた。そして、あらゆる道には川が敷かれ、下に向かって流れ落ちる滝が作られている。
 太陽の光を反射し、水晶と水がきらきらと輝き、虹色の光を放つ。タルマはその綺麗な景色に心を奪われていた。

「古都ブロステリアはティエドール伯爵が数年前に大規模な改革をしたからね。美しい街並みが有名なんだ。ほら、行くよ」
「待ってよ!」

 街は坂道や登り坂が続く。街の住人は黒いローブに身を包む人々が多い。もしかすると、魔法使いが多く暮らす街なのかもしれない。 
 タルマとイデアが目的地の場所に移動すれば、そこには一人の女の子がいた。待ち合わせの噴水前にうさぎのぬいぐるみを手に持ち、ずっと何かを待つ少女。黒の長い髪を風で遊ばせながら、じっと佇む姿は寂しげな情景に見えた。

「あの子だね」

 タルマがまっすぐ女の子に近寄っていく。イデアは頭をがりがりとかいて、後に続いた。

「この手紙、くれたの貴方かな?」
「お姉ちゃん、クロノスの人?」

 女の子はうさぎのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながら、タルマを上目使いで見やる。

「そうだよ。一緒にお父さん探しだったよね。特徴とかあるかな?」
「うん!」

 きらきらとした目でタルマに写真を手渡す女の子。そこには女の子とやさしく笑っている父親の姿がある。若い男性だった。垂れ目に黒い髪。優しそうで真面目そうだ。

「パパ、お仕事あるって言ったっきり帰ってこないの。職場に行っても、いなかったから……」
「そっか。でも、大丈夫。一緒に探してあげよう」

 タルマと女の子の会話を聞いていたイデアの目がすっと鋭いものに変わる。しかし、二人は気が付かない。

「職場に行ってもいないって、何処か用事があったのかな」
「ううん。職場に来てないって」

 しゅんと落ち込んだ女の子。タルマは気が付けば、彼女の頭を撫でていた。

「よし、一緒にお父さんを探そう!」
「ねえ」

 ずっと黙っていたイデアが口を開く。その声は今までのよりも冷たい声色をしていた。タルマと女の子の視線が、イデアに向く。

「あなたのお父さん、仕事に来てなかったんでしょう? あなた、捨てられたんじゃないの」
「え……」

 イデアの言葉に女の子が目を丸くした。

イデア!」

 タルマが声を荒げた。しかし、彼女は知らん顔だ。冷たい目で女の子を見つめている。

「どうして……」
「別に」

 タルマの顔を見て、はっとした表情を作る。そして、ふいっとそっぽを向く。その一連の流れに、タルマは不安そうに彼女の背中を見つめた。

「ねえ、イデア! じゃあ、勝負しよう!」
「はぁ?」

 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をし、振り返るイデア。タルマはびしっとイデアの鼻元に人差し指を向けた。

「先にこの子のお父さんを見つけた方が勝ち! 勝った方は一日いう事を聞くっ!」
「あんたが私に勝負を挑もうってわけ? いいじゃない。あんたなんて、家畜のように扱ってやるんだから」

 バチバチと火花を散らし始めた二人。暫くいがみ合っていたかと思えば、互いに鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

「じゃ、お先に!」
「あ、ずるい!」

 イデアが颯爽と街を駆けて行く。

「負けてらんないっ! 行こう!」

 タルマが女の子に手を差し出せば、彼女は強い眼差しのまま頷き、タルマの手を取った。

「うん、行こうお姉ちゃん……!」

 二人がイデアを追えば、彼女は仁王立ちで待ち構えていた。そして、タルマの顔に指を向ける。

「考えてみたら、あんたが写真持っているんじゃない! 貸しなさいよ!」
「いやですーっ! べーっ!」
「腹立つわね……本当に!」

 結局、三人で歩き出し、あちこちで聞き込みを始めた。古都ブロステリアの街は北の地にあり、少しだけ肌寒さが残る。坂上では少し霧がかかっていたり、古都ブロステリアの古城が坂の中途には存在していた。
 過去に街は一度崩落したことがあるからだ。その時、王族は死に絶え、崩落しかけた城が今でも残されている。二人は今の恰好では目立ってしまうと考え、道中で買った黒いローブを身に着けて歩く。

「なかなか、目撃情報も見つからないわね」
「うーん……今度は下の方を探してみよう?」

 古都ブロステリアの街はほとんど、一直線の街だ。一つの大通りがあれば、そのわき道を中心に街が広がる。タルマたちは、少しかすみがかった上の位置から、下の方へ移動を始める。

「お父さん、何か数日前に言ってたりしたかな?」

 タルマの問いに女の子は首を振った。

「はぁー。情報無し」

 イデアがすたこらと歩きはじめ、川の上にかかった橋を渡る。硝子の街は橋が多い。特殊加工された硝子の煉瓦は割れることなく、そこに存在していた。そして、川を覗き込んだ瞬間だ。川の水がところどころから上へあがり、噴水を作り出した。
 その水がイデアの顔面にかかった。

「冷たっ!?」
「ぷっ」

 タルマが微かに笑えば、イデアの頬がぴくっと動く。

「くらえ!」

 噴水となっている箇所に掌でたたけば、掌にあたった水がタルマの顔面にかかる。

「わっ!?」

 ぼたぼたと垂れる水。タルマの眉がぴくっと動いた。そして、再びいがみ合う二人。

「ぎゃははは! だっせぇー!」
「あなたねーっ! 【スプル】!」

 タルマの掌から水球が放たれた。勢いよく飛んだ水球イデアに襲い掛かるが――

「【フレイム】!」

 イデアが水に向け、火の初級魔法を放つ。じゅわっと音と共に、水球は弱まり、イデアは容易くそれを交わした。二人の魔法勝負に女の子がキラキラとした目でそれを見守っている。

「ぷっ! あははは! 出直して来い!」
「【グラソン】!」

 タルマが休む間もなく、今度は氷のツララを放った。イデアの目が驚きに染まった。

「ちょ、ちょっと! 【フレイム】!」

 再び炎でガードするイデア。彼女の慌てように今度はタルマが笑った。イデアも最初こそ、ぽかんとしていたが、次第に声をあげて笑い始めた。

「お姉ちゃんたち、魔法使いなんだね……!」
「ほえ?」
「え?」

 黙っていた女の子がキラキラとした目で二人を見つめている。タルマとイデアは顔を見合わせた。

「いいなぁ。私もやってみたいなぁ」
「よし、簡単な魔法教えるね!」

 タルマがにっこりと笑って、女の子の方に駆けて行った。イデアはその後ろ姿を、玩具が取られた子供のように見つめたが、その表情はすぐ消えた。そして、ゆっくりとした足取りで女の子の元へ向かう。
 タルマは何か準備しているようでもあった。やがて、それが終わり、女の子から離れる。

「はい、やってみて。グラソンフラワーだよ」
「うん! 【グラソンフラワー】!」

 するとどうだろうか。少女の掌に、綺麗な花の雪が現れた。イデアと女の子から感嘆が漏れる。

「魔法書に載ってない魔法じゃない!」
「当たり前じゃない。私の師匠の魔法なんだから!」

 得意げに語るタルマ。イデアと女の子の目は、純粋に輝く。

「教えなさいよ! さっきの準備と魔法の発動っ!」
「いやですーっ! あ、私、飲み物買ってくる!」

 タルマがイデアから逃げるように、するりと商店街の方へ駆けて行った。逃げられたイデアはと言うと、顔をむすっとさせる。