2015.07.23『アニムソーレの唄』

『アニムソーレの唄』             f:id:Darusxyan:20150723224938p:plain

イラスト:タルマ

 

 

 

「大きな木!」

「あれは、大樹の街にある亜人の木ですね。何千年も昔から、あるそうですよ」

「へぇ。大きいなぁ」

 

 大樹の街に、金髪の少女と銀色の髪を持つ青年が入って行く。金髪の少女は青い瞳を輝かせて、その木を見上げた。天まで貫きそうなその天辺は見る事が出来ない。

 ただ、晴れた空がそこにあるだけだ。彼女につられるように、銀髪の青年はメガネのレンズ越しで空を仰ぎ見る。

 赤い瞳は一度細められ、次に少女に視線が向いた。

 

「昔、亜人たちがこの天辺に住んでいたそうです。そして、この木になる実が欲しい村の人々が、農作物と交換していたそうです」

 

 銀髪の青年は上から降ってくる三つに裂けた葉を手に取り、指でくるくると回した。

 

「でも、実なんてないじゃない……春だって言うのに、花もない」

「それは、人間たちが亜人たちを追い払ったからじゃい」

 

 突然聞こえた第三者の声に二人は辺りを見回す。少女が一点を視線でとらえると、木の根付近に一人の老婆がいた。腰付近まで頭が下がり、猫背をさすりながら歩く老婆に銀髪の青年が驚いた顔をする。

 

「こんにちは、今回の依頼主様ですね」

「クロノスの奴かい。遅いじゃないか」

「汽車の時間が少し遅れてしまいました……すみません。僕はミカドと申します。こちらは相方のタルマです。よろしくお願いします」

 

 銀髪の青年――ミカドは握手を求めようとしたが、老婆はそっぽを向いてしまう。

 その行動にきょとんとしたミカドだったが、すぐに口元に笑顔を張り付け、手を戻した。

 

「今回の任務と言うのは何でしょうか?」

「アニムソーレの唄は知ってるかの?」

 

 少女――タルマが不思議そうに、ミカドを見る。だが、彼も不思議そうな顔をしている事から、彼も知らないのだと取れる。それを見ていた老婆がわなわなとふるえ、二人に顔をぐいっと近付けた。

 

「アニムソーレの唄じゃ!」

 

 唾のかかりそうな勢いで叫んできた老婆にミカドとタルマが心底困った顔を浮かべる。

 

「す、すみません。僕たちは、こちらの事が詳しくないのです……アニムソーレというのは亜人の名前でしたよね?」

「そうよ! あのね、唄とか言われても解らないものは解らないのよ! べぇっ」

 

 タルマが舌をべっと出した瞬間、ミカドの鉄槌がタルマの頭に落ちた。

 

「あ痛っ!」

「すみませんね。新入りでして……詳しい話を良いでしょうか?」

「……ついて来な」

 

 老婆はそれだけ言うと、蹄を返して戻って行く。

 ミカドはその様子にふっと笑みを浮かべて、後に続いた。

 

「いったい……。あ、待ちなさいよ、ミカド!」

 

 道のようになった木の根を歩いていると、広場のような場所で子供たちが輪になって踊っていた。そこは住宅地なのか、大人たちは家事や農業をしながら、子供たちを優しい眼差しで見守っている。

 ふと、タルマはその場で足を止めて、子供たちの方を見やる。

 子供たちは楽しそうに唄を歌っていたからだ。

 

 

 困ったならば アニムソーレに聞きなさい

 アニムソーレ アニムソーレ どうにか 叶えて欲しい

 病気の人を治しておくれ 怪我を治しておくれ

 どうか どうか お願いします アニムソーレ アニムソーレ

 

 

 タルマがその唄に耳を傾けていると、隣にいつしか老婆が立っていた。

 子供たちはその唄をずっと繰り返し、手をつなぎ合って回っている。

 

「ねぇ、アニムソーレって?」

「アニムソーレは亜人じゃ。優しいアニムソーレが人々に亜人の知恵をわけてくださったのじゃよ」

「もしや、今回の依頼というのは……」

「ああ。アニムソーレのスピリットを回収してほしいのじゃ」

 

 タルマとミカドは互いに顔を合わせた。クロノスは人間に悪影響を及ぼすスピリットを回収している。スピリットは、竜に使える生命――精霊や魔物のことだ――が死んだ時に出る魔法石の事だ。

 老婆がゆっくりと進み始めたのを見て、タルマは子供たちに視線を移す。何も知らない子供たちは、輪になってあの唄を歌っている。すでに、いない人物を歌っているのだ。

 

「ねえ、ミカド」

「はい」

 

 隣でタルマの様子を見ていたミカドが返事を返す。

 

「どうして、アニムソーレは石になんでなっちゃったのかな」

「数千年前に起きた魔族戦争が引き金となり、人間と魔族たちで戦争が勃発しました。その結果、魔族は破れてしまったのです。この大樹の街も、戦争に巻き込まれてしまいましたから……」

 

 ふっと、ミカドの視線は上にあがって行く。かつて、亜人たちがいたのであろう木の上に。

 しかし、それ以上先は見る事はできなかった。

 

「さあ、行きましょう。依頼主が行ってしまいます」

「うん!」

 

 ミカドの横にタルマがついて歩く。二人は老婆の後をついて、木の道をどこまでもあがって行く。景色は次第に奥まで広がった。

 

「きゃあっ!」

 

 風が強まり、タルマが慌ててスカートを抑える。

 それを見ていたミカドは呆れたようにため息を一つ零す。

 

「誰も見ませんよ」

「ミーカードーっ!」

 

 そんな軽口を叩きつつ、更に上を目指した頃。

 地平線がどこまでも広がり、奥の景色は森から、やがては海にまで広がる。

 

「わぁっ! すっごーい!」

「ランの街、帝都まで……何処までも見渡せそうですね」

「それはそうじゃ。ここから、アニムソーレは世界を見ていた」

 

 老婆はようやく立ち止る。そこは、断崖絶壁になった木の端だった。人が一人腰かけれるぐらいのスペースを作っていた。そして、黒く変色した人型の魔法石――スピリットが邪悪な光を放っている。

 それを見たタルマは口をつぐみ、何か言いたそうにミカドを見た。

 

「ねえ、ミカド。最後に唄を……」

「どうしました?」

「な、なんでもない」

 

 ぷいっと視線をそらしたタルマに、ミカドはふっと笑いかける。

 そして、老婆に視線を送った。

 

「すみません。僕たちがアニムソーレを連れて行く前に……下で歌っていた子供たちをこちらに連れて来ても、よろしいでしょうか? 唄を、彼の唄を最後ぐらい聞かせてあげましょう」

「ええ、かまわんが……ありがとうな」

「タルマ」

 

 ミカドがタルマに視線を送ると同時だった。

 タルマは元来た道を走り始める。

 それを見届けた老婆が、小さく鼻で笑う。

 

「あんたらは変わっておるのぅ」

「そうですか?」

 

 タルマを見送った老婆はミカドに視線を移す。

 彼は暫く懐中時計を手にし、太陽光に当てていたが、すぐに閉じた。

 それを戻すと、老婆に向き直る。

 

「アニムソーレは、最後まで村人たちと一緒にいたそうですね」

「なぜ、それを?」

「各地の戦争で食糧が無くなり、人々がアニムソーレに泣きついた。そして、アニムソーレは彼らを守るために立ち上がった……違いますか?」

「さっきまで、知らないと言っていた筈では」

「ええ。その通りです。僕は先ほどまでは何も知りませんでした。アニムソーレは村人と共に団結し、外来人を追い出そうとした。でも、汚染された世界では、アニムソーレに力はない」

 

 風が、凪いだ。

 その風が子供たちの歌声を響かせ始めた。

 何事かと、老婆が振り返れば、タルマと仲良く手をつないだ子供たちが、アニムソーレの唄を繰り返し歌っていた。

 

 

 困ったならば アニムソーレに聞きなさい

 アニムソーレ アニムソーレ どうにか 叶えて欲しい

 病気の人を治しておくれ 怪我を治しておくれ

 どうか どうか お願いします アニムソーレ アニムソーレ

 アニムソーレが泣いている どうしたのと聞きなさい

 亜人と 私たちは 友達なのです

 どうぞ どうぞ 教えてください どうしたのでしょうか

 解りました 解りました 薬草を お持ちしましょう

 タルマはミカドたちの視線に気がつくと、笑顔で手を精一杯振った。

 子供たちも、わーっと声をあげて、老婆とミカドがいる所へ駆けてくる。

 アニムソーレが 笑っています

 私たちも 笑いましょう 手を繋いで 歌いましょう

 アニムソーレと 私たち ずっと一緒に手を繋ぎましょう

 アニムソーレと 私たち ずっと一緒に 奏でましょう

 

 

「ミカド!」

 

 タルマがミカドの傍に立つと、子供たちの方へ手を向けて、振った。

 

「さん、はい!」

 

 タルマと子供たちが楽しそうに歌う。

 アニムソーレの唄を。

 ミカドはそれを見届けて、小さくほくそ笑んだ。タルマは再び輪になって踊ろうとする子供たちを見て、止めに入った。

 

「こらー! 危ないから一列に並びなさーい!」

 

 子供たちが非難の声をあげるが、その輪を崩す事は無い。遠目でそれを見ていたミカドは先ほどの言葉を続けた。

 

「アニムソーレは村が壊され、外来人が住みつく村を見て泣いた。でも、朽ちた身体は言う事を聞かない……。彼は次第に邪悪なスピリットに変わったのでしょう」

「あんたは一体……」

「僕は時のエレメントを司るミカドと申します。まあ、過去しか見る事はできませんけどね。そして、彼女はタルマ・テュライアン。まあ、力は未知数です」

 

 老婆は大きく笑うと、背後を振り返る。そこには、アニムソーレのスピリットがある。黒く邪念が募っていた石は、いつしか、緑色の光へと変わっていく。

 老婆は邪念が消えた石にそっと触れる。

 

「人とアニムソーレが……また一緒に歌えるといいねぇ」

 

 ぽたり、とアニムソーレに落ちた滴。涙はアニムソーレを伝うと、大樹の根に落ちて行った。スピリットの回収を終えた二人は、帰りの汽車の前にいた。

 見送りに老婆と子供たちが駅のホームに来てくれている。

 

「ありがとね、みんな」

「完全に害が無くなったら、アニムソーレを返してくれるのだろう?」

「ええ。お約束します」

 

 ミカドはそう言って、老婆と硬い握手を交わした。

 

「ばいばい!」

「じゃあね!」

 

 子供たちがにこにこと手を振る。

 タルマもそれに答えるように、笑顔で返した。

 

「それじゃ、僕たちはこれで」

「みんな、ありがとねー!」

 

 タルマが手を振れば、子供たちもわーっと別れを告げる。

 その様子に、タルマは悲しげな顔をした。

 汽車に乗り込み、なるべく人気のない席に二人は座った。

 

「今日は上出来でしたよ、タルマ」

「うん……」

 

 浮かない顔をするタルマに、ミカドはふわりと笑った。

 

「大丈夫。すぐにお返しできますよ」

「べ、別に私はそんな事思ってないよっ! ねえ、ミカド」

「何ですか?」

「疲れたから、帰りおんぶしてね」

「はぁ!?」

「私、疲れたのっ!」

「……まったく」

 

 片手で髪をあげてため息をつくミカド。それに、タルマはにっと笑みを作る。いつものタルマらしい、小悪魔のような笑みだった。手に持っていた袋包みをタルマはぎゅっと握りしめる。

 

「まあ、今日だけなら」

「ふふっ」

 

 背の高いミカドを見上げ、少し満足そうにタルマは笑う。

 

『大樹の街発、帝都ハルジラス行き。出発します』

 

 汽車内からアナウンスが響き渡る。がたごとと走りだした汽車。ミカドが何気なく外を見やると、子供と老婆がいつまでも手を振っていた。

 

「困ったならば、アニムソーレに聞きなさい。アニムソーレ、アニムソーレ。どうにか、叶えて欲しい。病気の人を治しておくれ 怪我を治しておくれ……」

 

 タルマは静かな口調で唄を歌う。隣で聞くミカドはポケットから、本を取りだすと、それを読み始めた。タルマは続けて歌う。

 

「どうか、お願いします。アニムソーレ、アニムソーレ」

「そこ、どうかどうかですよ。タルマ」

「う、煩いわね! 解ってるわよ!」

 

 ぷんぷんと怒るタルマに、ミカドは笑んだ。タルマはその笑みに、ぷいっとそっぽを向く。視線は窓辺へ向かう。

 

「わぁ!」

 

 タルマの目の前に広がったのは辺り一面の緑と、その中に立つ大樹の木だった。

 先ほどまで無かった緑だけの木には、黄色い花がたくさん咲いている。

 まるで、春の訪れが来たように。

 

 

 アニムソーレ アニムソーレ

 どうして 泣いているの?

 話してみてください

 ああ、羽に傷を負ったのですね

 私たちの薬を塗りましょう

 これで大丈夫 きっと 飛べますよ

 

 今度は私たちの番なのだから

 だから 共に行きましょう アニムソーレ