2015.07.26『桃色の髪』

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イデア、君の力を貸してほしいんだ」
「うん、パパのためならなんだってするよ。私の、たった一人の家族だもの」

 幼い紫髪の少女が父親の手に引かれ、全体が白い廊下を歩く。それは少女が安心に任せたものだ。朝の陽ざしが二人の影を作り出す。無邪気な笑みを浮かべて、父親と手をつなぐその姿は、傍から見れば、幸せな家族だと思うだろう。
 しかし、少女は気が付かなかった。父親の笑みが、歪んでいる事に。

 

 


『桃色の髪』前編

 

 

 


 クロノス本部――。
 人々の依頼を受け、活躍するギルド組織。八人で構成されているギルド組織に休みなどはない。そして、今日も一日が始まろうとしていた。

「ちょっと、どういう事よ! 私にこいつの面倒を見ろって!?」

 怒り任せに放たれる言葉。紫のベリーショート髪を持つ少女だった。勢いに任せて、どんっとテーブルに叩きつけられる拳。マグカップがカタンカタンと揺れ、中の珈琲が波立つ。彼女の目線にいるのは、黒髪の男性――ヴェントだった。

「いや、その。ミカドは別件でさー。イデアしか頼める人いないんだよ」
「この糞上司! 私は依頼で忙しいのに、どうして新人なんか!」

 バッと右手を払う仕草で、指差す。その先にはふくれッ面をしたタルマが、イデアを睨み付けていた。その様子を見ていたヴェントは渋い顔で言葉を発する。

「いや、そのさ……タルマはまだ新人でさ。イデアとも歳が近いし、女の子同士だから……その」

 イデアの表情が徐々に不機嫌そのものに変わっていく。金色の目は細くなっていき、今にでも攻撃をしようとする熊そのものだ。ヴェントの頬から冷や汗がたらっと一つ流れ落ちた。
 その様子を黙ってみていたタルマだったが、口が風船のように膨らみ、終いには、ビシッとイデアを指す。

「私も嫌! こんな人っ!」
「何だって!?」

 バチバチと火花が散りそうな距離にまで二人そろって近づき睨みあった。ヴェントはやれやれと額を片手で抑える。

「とりあえず、今回の依頼を言うから良く聞く事いいね?」
「あ? なんで行く前提で話ししてんだヴェントッ!」
「え、いやその!」
「私もこんな人嫌だよ!」

 二人の顔がずいっとヴェントの目前に並ぶ。乾いた声で笑うしかない彼。しかし、掬い手のが伸びた。扉のノック音だ。

「ヴェント、フェアルーノさんがスピリットの事でお話したいそうだ」
「あーあー! 忘れてたっ! 俺、フェアルーノと用事があった! そ、そういう事で! 頼むよ! ラーレが終わったら二人と合流するから! 書類はテーブルの上だから、じゃ、じゃあっ!」

 早口でまくしたてながら部屋を颯爽と出て行くヴェント。イデアは手に魔力を作り出し、無から杖を作り出した。

「待ちやがれヴェントッ!」

 杖がヴェント目がけて放たれる。しかし、ヴェントに当たる前に扉が閉まり、杖は扉に激突した。カランと落下音が部屋の静けさを作り上げる。

「あーっもうっ! 何なのよ! あの糞上司っ!」

 イデアの叫喚を無視し、タルマは机上に置かれている資料を手に取る。

「父親を探してください……?」
「はぁ?」

 タルマのつぶやきに反応したイデアがツカツカと近寄ってくる。そして、資料を覗き込む。そこには幼い子供の字で書かれた手紙だった。

「依頼主は八歳の女の子みたい。古都ブロステリアで失踪した父親を探してくださいって」
「随分遠い所の依頼だこと」
「出張になるの!?」

 タルマがあっと驚くと、イデアは頭をかいた。

「あの仏頂面、そんな事も教えてなかったの。いいわ、私が教えてあげる。ついてらっしゃい」

 文句を言いながらも歩き始めたイデア。タルマは驚嘆しながらも、彼女の後を追いかけた。


「そ、その。ありがと」
「聞こえない? なんだってー?」

 わざとらしく振り返りながら言うイデア。タルマは目角を立てた。

 ――やっぱり、最低だっ!

 イデアの後をついて歩く。クロノスの本部は塔のようになっており、らせん状に伸びた階段が上に続いている。また、上で煌めくシャンデリアは太陽のように下まで暖かな光を届けていた。
 三階ぐらいに辿り着いた時だろうか。イデアが扉の前で足を止め、開け放った。そこは殺風景な部屋だった。
 白い壁紙に白い床。そして、中央にある台座とその上で青色の光を放つ水晶。広さは人が十人も入れば、窮屈に感じてしまうような広さだ。

「ねえ、この部屋は?」
「私の部屋。ここから移動するの」
「へ!?」

 タルマは部屋を改めて見回す。水晶しか置かれていない部屋。その大きさは、人の頭ぐらい。イデアは中央に置かれた水晶に手を置く。すると、どうだろうか。青白い冷たい光が彼女を包み込んでいる。

「ほら、早く」

 イデアが手を差し伸べる。タルマは自分の手と彼女の手を見比べ、恐る恐ると彼女の手を掴んだ。

「よし、【テレポーション】!」

 青白い光が溢れる。それは一瞬にしてタルマとイデアを包み、風の唸り音をあげながら水晶が光を飲み込んだ。部屋に残ったのは、水晶と微かに残る青白い光だけだった。
 瞬きの刹那、タルマとイデアが居たのは硝子で出来た街だった。水晶が煉瓦の代わりに使われ、入り組むようにして作られた坂の街が広がっている。坂の街を目を凝らしてみれば、橋が点在していた。そして、あらゆる道には川が敷かれ、下に向かって流れ落ちる滝が作られている。
 太陽の光を反射し、水晶と水がきらきらと輝き、虹色の光を放つ。タルマはその綺麗な景色に心を奪われていた。

「古都ブロステリアはティエドール伯爵が数年前に大規模な改革をしたからね。美しい街並みが有名なんだ。ほら、行くよ」
「待ってよ!」

 街は坂道や登り坂が続く。街の住人は黒いローブに身を包む人々が多い。もしかすると、魔法使いが多く暮らす街なのかもしれない。 
 タルマとイデアが目的地の場所に移動すれば、そこには一人の女の子がいた。待ち合わせの噴水前にうさぎのぬいぐるみを手に持ち、ずっと何かを待つ少女。黒の長い髪を風で遊ばせながら、じっと佇む姿は寂しげな情景に見えた。

「あの子だね」

 タルマがまっすぐ女の子に近寄っていく。イデアは頭をがりがりとかいて、後に続いた。

「この手紙、くれたの貴方かな?」
「お姉ちゃん、クロノスの人?」

 女の子はうさぎのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながら、タルマを上目使いで見やる。

「そうだよ。一緒にお父さん探しだったよね。特徴とかあるかな?」
「うん!」

 きらきらとした目でタルマに写真を手渡す女の子。そこには女の子とやさしく笑っている父親の姿がある。若い男性だった。垂れ目に黒い髪。優しそうで真面目そうだ。

「パパ、お仕事あるって言ったっきり帰ってこないの。職場に行っても、いなかったから……」
「そっか。でも、大丈夫。一緒に探してあげよう」

 タルマと女の子の会話を聞いていたイデアの目がすっと鋭いものに変わる。しかし、二人は気が付かない。

「職場に行ってもいないって、何処か用事があったのかな」
「ううん。職場に来てないって」

 しゅんと落ち込んだ女の子。タルマは気が付けば、彼女の頭を撫でていた。

「よし、一緒にお父さんを探そう!」
「ねえ」

 ずっと黙っていたイデアが口を開く。その声は今までのよりも冷たい声色をしていた。タルマと女の子の視線が、イデアに向く。

「あなたのお父さん、仕事に来てなかったんでしょう? あなた、捨てられたんじゃないの」
「え……」

 イデアの言葉に女の子が目を丸くした。

イデア!」

 タルマが声を荒げた。しかし、彼女は知らん顔だ。冷たい目で女の子を見つめている。

「どうして……」
「別に」

 タルマの顔を見て、はっとした表情を作る。そして、ふいっとそっぽを向く。その一連の流れに、タルマは不安そうに彼女の背中を見つめた。

「ねえ、イデア! じゃあ、勝負しよう!」
「はぁ?」

 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をし、振り返るイデア。タルマはびしっとイデアの鼻元に人差し指を向けた。

「先にこの子のお父さんを見つけた方が勝ち! 勝った方は一日いう事を聞くっ!」
「あんたが私に勝負を挑もうってわけ? いいじゃない。あんたなんて、家畜のように扱ってやるんだから」

 バチバチと火花を散らし始めた二人。暫くいがみ合っていたかと思えば、互いに鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

「じゃ、お先に!」
「あ、ずるい!」

 イデアが颯爽と街を駆けて行く。

「負けてらんないっ! 行こう!」

 タルマが女の子に手を差し出せば、彼女は強い眼差しのまま頷き、タルマの手を取った。

「うん、行こうお姉ちゃん……!」

 二人がイデアを追えば、彼女は仁王立ちで待ち構えていた。そして、タルマの顔に指を向ける。

「考えてみたら、あんたが写真持っているんじゃない! 貸しなさいよ!」
「いやですーっ! べーっ!」
「腹立つわね……本当に!」

 結局、三人で歩き出し、あちこちで聞き込みを始めた。古都ブロステリアの街は北の地にあり、少しだけ肌寒さが残る。坂上では少し霧がかかっていたり、古都ブロステリアの古城が坂の中途には存在していた。
 過去に街は一度崩落したことがあるからだ。その時、王族は死に絶え、崩落しかけた城が今でも残されている。二人は今の恰好では目立ってしまうと考え、道中で買った黒いローブを身に着けて歩く。

「なかなか、目撃情報も見つからないわね」
「うーん……今度は下の方を探してみよう?」

 古都ブロステリアの街はほとんど、一直線の街だ。一つの大通りがあれば、そのわき道を中心に街が広がる。タルマたちは、少しかすみがかった上の位置から、下の方へ移動を始める。

「お父さん、何か数日前に言ってたりしたかな?」

 タルマの問いに女の子は首を振った。

「はぁー。情報無し」

 イデアがすたこらと歩きはじめ、川の上にかかった橋を渡る。硝子の街は橋が多い。特殊加工された硝子の煉瓦は割れることなく、そこに存在していた。そして、川を覗き込んだ瞬間だ。川の水がところどころから上へあがり、噴水を作り出した。
 その水がイデアの顔面にかかった。

「冷たっ!?」
「ぷっ」

 タルマが微かに笑えば、イデアの頬がぴくっと動く。

「くらえ!」

 噴水となっている箇所に掌でたたけば、掌にあたった水がタルマの顔面にかかる。

「わっ!?」

 ぼたぼたと垂れる水。タルマの眉がぴくっと動いた。そして、再びいがみ合う二人。

「ぎゃははは! だっせぇー!」
「あなたねーっ! 【スプル】!」

 タルマの掌から水球が放たれた。勢いよく飛んだ水球イデアに襲い掛かるが――

「【フレイム】!」

 イデアが水に向け、火の初級魔法を放つ。じゅわっと音と共に、水球は弱まり、イデアは容易くそれを交わした。二人の魔法勝負に女の子がキラキラとした目でそれを見守っている。

「ぷっ! あははは! 出直して来い!」
「【グラソン】!」

 タルマが休む間もなく、今度は氷のツララを放った。イデアの目が驚きに染まった。

「ちょ、ちょっと! 【フレイム】!」

 再び炎でガードするイデア。彼女の慌てように今度はタルマが笑った。イデアも最初こそ、ぽかんとしていたが、次第に声をあげて笑い始めた。

「お姉ちゃんたち、魔法使いなんだね……!」
「ほえ?」
「え?」

 黙っていた女の子がキラキラとした目で二人を見つめている。タルマとイデアは顔を見合わせた。

「いいなぁ。私もやってみたいなぁ」
「よし、簡単な魔法教えるね!」

 タルマがにっこりと笑って、女の子の方に駆けて行った。イデアはその後ろ姿を、玩具が取られた子供のように見つめたが、その表情はすぐ消えた。そして、ゆっくりとした足取りで女の子の元へ向かう。
 タルマは何か準備しているようでもあった。やがて、それが終わり、女の子から離れる。

「はい、やってみて。グラソンフラワーだよ」
「うん! 【グラソンフラワー】!」

 するとどうだろうか。少女の掌に、綺麗な花の雪が現れた。イデアと女の子から感嘆が漏れる。

「魔法書に載ってない魔法じゃない!」
「当たり前じゃない。私の師匠の魔法なんだから!」

 得意げに語るタルマ。イデアと女の子の目は、純粋に輝く。

「教えなさいよ! さっきの準備と魔法の発動っ!」
「いやですーっ! あ、私、飲み物買ってくる!」

 タルマがイデアから逃げるように、するりと商店街の方へ駆けて行った。逃げられたイデアはと言うと、顔をむすっとさせる。

 

2015.07.23『アニムソーレの唄』

『アニムソーレの唄』             f:id:Darusxyan:20150723224938p:plain

イラスト:タルマ

 

 

 

「大きな木!」

「あれは、大樹の街にある亜人の木ですね。何千年も昔から、あるそうですよ」

「へぇ。大きいなぁ」

 

 大樹の街に、金髪の少女と銀色の髪を持つ青年が入って行く。金髪の少女は青い瞳を輝かせて、その木を見上げた。天まで貫きそうなその天辺は見る事が出来ない。

 ただ、晴れた空がそこにあるだけだ。彼女につられるように、銀髪の青年はメガネのレンズ越しで空を仰ぎ見る。

 赤い瞳は一度細められ、次に少女に視線が向いた。

 

「昔、亜人たちがこの天辺に住んでいたそうです。そして、この木になる実が欲しい村の人々が、農作物と交換していたそうです」

 

 銀髪の青年は上から降ってくる三つに裂けた葉を手に取り、指でくるくると回した。

 

「でも、実なんてないじゃない……春だって言うのに、花もない」

「それは、人間たちが亜人たちを追い払ったからじゃい」

 

 突然聞こえた第三者の声に二人は辺りを見回す。少女が一点を視線でとらえると、木の根付近に一人の老婆がいた。腰付近まで頭が下がり、猫背をさすりながら歩く老婆に銀髪の青年が驚いた顔をする。

 

「こんにちは、今回の依頼主様ですね」

「クロノスの奴かい。遅いじゃないか」

「汽車の時間が少し遅れてしまいました……すみません。僕はミカドと申します。こちらは相方のタルマです。よろしくお願いします」

 

 銀髪の青年――ミカドは握手を求めようとしたが、老婆はそっぽを向いてしまう。

 その行動にきょとんとしたミカドだったが、すぐに口元に笑顔を張り付け、手を戻した。

 

「今回の任務と言うのは何でしょうか?」

「アニムソーレの唄は知ってるかの?」

 

 少女――タルマが不思議そうに、ミカドを見る。だが、彼も不思議そうな顔をしている事から、彼も知らないのだと取れる。それを見ていた老婆がわなわなとふるえ、二人に顔をぐいっと近付けた。

 

「アニムソーレの唄じゃ!」

 

 唾のかかりそうな勢いで叫んできた老婆にミカドとタルマが心底困った顔を浮かべる。

 

「す、すみません。僕たちは、こちらの事が詳しくないのです……アニムソーレというのは亜人の名前でしたよね?」

「そうよ! あのね、唄とか言われても解らないものは解らないのよ! べぇっ」

 

 タルマが舌をべっと出した瞬間、ミカドの鉄槌がタルマの頭に落ちた。

 

「あ痛っ!」

「すみませんね。新入りでして……詳しい話を良いでしょうか?」

「……ついて来な」

 

 老婆はそれだけ言うと、蹄を返して戻って行く。

 ミカドはその様子にふっと笑みを浮かべて、後に続いた。

 

「いったい……。あ、待ちなさいよ、ミカド!」

 

 道のようになった木の根を歩いていると、広場のような場所で子供たちが輪になって踊っていた。そこは住宅地なのか、大人たちは家事や農業をしながら、子供たちを優しい眼差しで見守っている。

 ふと、タルマはその場で足を止めて、子供たちの方を見やる。

 子供たちは楽しそうに唄を歌っていたからだ。

 

 

 困ったならば アニムソーレに聞きなさい

 アニムソーレ アニムソーレ どうにか 叶えて欲しい

 病気の人を治しておくれ 怪我を治しておくれ

 どうか どうか お願いします アニムソーレ アニムソーレ

 

 

 タルマがその唄に耳を傾けていると、隣にいつしか老婆が立っていた。

 子供たちはその唄をずっと繰り返し、手をつなぎ合って回っている。

 

「ねぇ、アニムソーレって?」

「アニムソーレは亜人じゃ。優しいアニムソーレが人々に亜人の知恵をわけてくださったのじゃよ」

「もしや、今回の依頼というのは……」

「ああ。アニムソーレのスピリットを回収してほしいのじゃ」

 

 タルマとミカドは互いに顔を合わせた。クロノスは人間に悪影響を及ぼすスピリットを回収している。スピリットは、竜に使える生命――精霊や魔物のことだ――が死んだ時に出る魔法石の事だ。

 老婆がゆっくりと進み始めたのを見て、タルマは子供たちに視線を移す。何も知らない子供たちは、輪になってあの唄を歌っている。すでに、いない人物を歌っているのだ。

 

「ねえ、ミカド」

「はい」

 

 隣でタルマの様子を見ていたミカドが返事を返す。

 

「どうして、アニムソーレは石になんでなっちゃったのかな」

「数千年前に起きた魔族戦争が引き金となり、人間と魔族たちで戦争が勃発しました。その結果、魔族は破れてしまったのです。この大樹の街も、戦争に巻き込まれてしまいましたから……」

 

 ふっと、ミカドの視線は上にあがって行く。かつて、亜人たちがいたのであろう木の上に。

 しかし、それ以上先は見る事はできなかった。

 

「さあ、行きましょう。依頼主が行ってしまいます」

「うん!」

 

 ミカドの横にタルマがついて歩く。二人は老婆の後をついて、木の道をどこまでもあがって行く。景色は次第に奥まで広がった。

 

「きゃあっ!」

 

 風が強まり、タルマが慌ててスカートを抑える。

 それを見ていたミカドは呆れたようにため息を一つ零す。

 

「誰も見ませんよ」

「ミーカードーっ!」

 

 そんな軽口を叩きつつ、更に上を目指した頃。

 地平線がどこまでも広がり、奥の景色は森から、やがては海にまで広がる。

 

「わぁっ! すっごーい!」

「ランの街、帝都まで……何処までも見渡せそうですね」

「それはそうじゃ。ここから、アニムソーレは世界を見ていた」

 

 老婆はようやく立ち止る。そこは、断崖絶壁になった木の端だった。人が一人腰かけれるぐらいのスペースを作っていた。そして、黒く変色した人型の魔法石――スピリットが邪悪な光を放っている。

 それを見たタルマは口をつぐみ、何か言いたそうにミカドを見た。

 

「ねえ、ミカド。最後に唄を……」

「どうしました?」

「な、なんでもない」

 

 ぷいっと視線をそらしたタルマに、ミカドはふっと笑いかける。

 そして、老婆に視線を送った。

 

「すみません。僕たちがアニムソーレを連れて行く前に……下で歌っていた子供たちをこちらに連れて来ても、よろしいでしょうか? 唄を、彼の唄を最後ぐらい聞かせてあげましょう」

「ええ、かまわんが……ありがとうな」

「タルマ」

 

 ミカドがタルマに視線を送ると同時だった。

 タルマは元来た道を走り始める。

 それを見届けた老婆が、小さく鼻で笑う。

 

「あんたらは変わっておるのぅ」

「そうですか?」

 

 タルマを見送った老婆はミカドに視線を移す。

 彼は暫く懐中時計を手にし、太陽光に当てていたが、すぐに閉じた。

 それを戻すと、老婆に向き直る。

 

「アニムソーレは、最後まで村人たちと一緒にいたそうですね」

「なぜ、それを?」

「各地の戦争で食糧が無くなり、人々がアニムソーレに泣きついた。そして、アニムソーレは彼らを守るために立ち上がった……違いますか?」

「さっきまで、知らないと言っていた筈では」

「ええ。その通りです。僕は先ほどまでは何も知りませんでした。アニムソーレは村人と共に団結し、外来人を追い出そうとした。でも、汚染された世界では、アニムソーレに力はない」

 

 風が、凪いだ。

 その風が子供たちの歌声を響かせ始めた。

 何事かと、老婆が振り返れば、タルマと仲良く手をつないだ子供たちが、アニムソーレの唄を繰り返し歌っていた。

 

 

 困ったならば アニムソーレに聞きなさい

 アニムソーレ アニムソーレ どうにか 叶えて欲しい

 病気の人を治しておくれ 怪我を治しておくれ

 どうか どうか お願いします アニムソーレ アニムソーレ

 アニムソーレが泣いている どうしたのと聞きなさい

 亜人と 私たちは 友達なのです

 どうぞ どうぞ 教えてください どうしたのでしょうか

 解りました 解りました 薬草を お持ちしましょう

 タルマはミカドたちの視線に気がつくと、笑顔で手を精一杯振った。

 子供たちも、わーっと声をあげて、老婆とミカドがいる所へ駆けてくる。

 アニムソーレが 笑っています

 私たちも 笑いましょう 手を繋いで 歌いましょう

 アニムソーレと 私たち ずっと一緒に手を繋ぎましょう

 アニムソーレと 私たち ずっと一緒に 奏でましょう

 

 

「ミカド!」

 

 タルマがミカドの傍に立つと、子供たちの方へ手を向けて、振った。

 

「さん、はい!」

 

 タルマと子供たちが楽しそうに歌う。

 アニムソーレの唄を。

 ミカドはそれを見届けて、小さくほくそ笑んだ。タルマは再び輪になって踊ろうとする子供たちを見て、止めに入った。

 

「こらー! 危ないから一列に並びなさーい!」

 

 子供たちが非難の声をあげるが、その輪を崩す事は無い。遠目でそれを見ていたミカドは先ほどの言葉を続けた。

 

「アニムソーレは村が壊され、外来人が住みつく村を見て泣いた。でも、朽ちた身体は言う事を聞かない……。彼は次第に邪悪なスピリットに変わったのでしょう」

「あんたは一体……」

「僕は時のエレメントを司るミカドと申します。まあ、過去しか見る事はできませんけどね。そして、彼女はタルマ・テュライアン。まあ、力は未知数です」

 

 老婆は大きく笑うと、背後を振り返る。そこには、アニムソーレのスピリットがある。黒く邪念が募っていた石は、いつしか、緑色の光へと変わっていく。

 老婆は邪念が消えた石にそっと触れる。

 

「人とアニムソーレが……また一緒に歌えるといいねぇ」

 

 ぽたり、とアニムソーレに落ちた滴。涙はアニムソーレを伝うと、大樹の根に落ちて行った。スピリットの回収を終えた二人は、帰りの汽車の前にいた。

 見送りに老婆と子供たちが駅のホームに来てくれている。

 

「ありがとね、みんな」

「完全に害が無くなったら、アニムソーレを返してくれるのだろう?」

「ええ。お約束します」

 

 ミカドはそう言って、老婆と硬い握手を交わした。

 

「ばいばい!」

「じゃあね!」

 

 子供たちがにこにこと手を振る。

 タルマもそれに答えるように、笑顔で返した。

 

「それじゃ、僕たちはこれで」

「みんな、ありがとねー!」

 

 タルマが手を振れば、子供たちもわーっと別れを告げる。

 その様子に、タルマは悲しげな顔をした。

 汽車に乗り込み、なるべく人気のない席に二人は座った。

 

「今日は上出来でしたよ、タルマ」

「うん……」

 

 浮かない顔をするタルマに、ミカドはふわりと笑った。

 

「大丈夫。すぐにお返しできますよ」

「べ、別に私はそんな事思ってないよっ! ねえ、ミカド」

「何ですか?」

「疲れたから、帰りおんぶしてね」

「はぁ!?」

「私、疲れたのっ!」

「……まったく」

 

 片手で髪をあげてため息をつくミカド。それに、タルマはにっと笑みを作る。いつものタルマらしい、小悪魔のような笑みだった。手に持っていた袋包みをタルマはぎゅっと握りしめる。

 

「まあ、今日だけなら」

「ふふっ」

 

 背の高いミカドを見上げ、少し満足そうにタルマは笑う。

 

『大樹の街発、帝都ハルジラス行き。出発します』

 

 汽車内からアナウンスが響き渡る。がたごとと走りだした汽車。ミカドが何気なく外を見やると、子供と老婆がいつまでも手を振っていた。

 

「困ったならば、アニムソーレに聞きなさい。アニムソーレ、アニムソーレ。どうにか、叶えて欲しい。病気の人を治しておくれ 怪我を治しておくれ……」

 

 タルマは静かな口調で唄を歌う。隣で聞くミカドはポケットから、本を取りだすと、それを読み始めた。タルマは続けて歌う。

 

「どうか、お願いします。アニムソーレ、アニムソーレ」

「そこ、どうかどうかですよ。タルマ」

「う、煩いわね! 解ってるわよ!」

 

 ぷんぷんと怒るタルマに、ミカドは笑んだ。タルマはその笑みに、ぷいっとそっぽを向く。視線は窓辺へ向かう。

 

「わぁ!」

 

 タルマの目の前に広がったのは辺り一面の緑と、その中に立つ大樹の木だった。

 先ほどまで無かった緑だけの木には、黄色い花がたくさん咲いている。

 まるで、春の訪れが来たように。

 

 

 アニムソーレ アニムソーレ

 どうして 泣いているの?

 話してみてください

 ああ、羽に傷を負ったのですね

 私たちの薬を塗りましょう

 これで大丈夫 きっと 飛べますよ

 

 今度は私たちの番なのだから

 だから 共に行きましょう アニムソーレ

 

 

2015.07.23『蝉時雨』

 

『蝉時雨』          f:id:Darusxyan:20150723223212j:plain

イラストキャラ:風優

 

 

 八畳間の空間、着流し一枚の黒髪男性は敷居に腰を下ろしていた。彼の右目元は赤くただれてしまっている。しかし、彼が見る外の景色は絶景だ。青い楓に池、遠くに見える向日葵が夏を思わせた。清清しいほどの青い空には蜻蛉たちが群れを成して、空を往く。スンっと香りを吸えば、ほんの少し夏の香りがした。
 遠くでは、蝉たちが一生の終わりを告げるかのように鳴いている。夏の蒸し暑さは猫を追い込むようで、男性の傍らで黒い猫が暑さにやられている。男性はそんな猫の背中を優しい手つきで撫でた。

「本当に暑いな」

 微かな低語の声が聞こえる。遠くで風鈴の音が夏を告げていた。男性は猫に視線を落とす。赤い隻眼が猫を捕らえ、目を細める。猫は撫でられている事に満足しているのか、ゴロゴロと甘え声を出した。

「風優!」

 庭の方でテノールの声が響いた。風優と呼ばれた黒髪の男性が億劫そうに池の方に視線を移す。そこには楽しそうに子供たちと遊ぶ茶髪の男性がいた。彼は風優に気がつくと手をパタパタと振る。

「んだよ」
「こっちにくるんじゃ!」

 風優は眉を顰めた。五、六人の子供に囲まれた男性は彼らと追いかけっこを楽しんでいる。楓の葉にとまっていた蜻蛉たちが一斉に空へ舞い上がった。
 風優は少しそれを残念そうに見上げてから、喧しい庭を疎んだ。元々、独りが好きな風優にとって状況は好ましくないのだろう。

「フェーブ、子供らを向こうにやれ」

 煩を厭う風優に対し、フェーブと呼ばれた男性は少しだけ残念そうな笑みを見せた。

「風優、子供たちと遊んでやって欲しいんじゃ。この子らは親がいないんじゃよ?」
「どうせ、壊す世界なんだろ。んなもん、何がいい? 何の得になる」

 風優の鋭い言葉に子供たちが困ったようにフェーブを見る。

「風優」
「あ?」
「お前、本当にそう思っているのか?」

 水面に困惑した子供たちの表情が映る。風優の膝上にいた猫が大きな欠伸をし、自分の足を舐め始めた。フェーブは風優を眇める。

「子供は嫌いかの?」

 フェーブの問いに風優は答えなかった。ただ、肩を竦めて、フェーブの素直な青い瞳を睨め付けるだけだ。子供たちもその瞳を見て、びくりと肩を震わした。
 フェーブはそれに気がつき、「分った分った。邪魔したのぅ」と子供たちの肩を叩いて、庭遊びを始める。
 風優は隠れるように、敷居から書院に身を寄せた。猫は突然動いた風優に驚いて、一声鳴いた。書院に座り込んだ風優は胡坐を組み、一冊の本を懐から取り出す。猫は風優の周囲をぐるぐる回って、入り組んだ足の中で落ち着いた。
 外からはミーンミンミンミン、ツクツクホーシ、ジージージー、シャーシャーシャー、カナカナカナカナ。数多の蝉たちが人生の最高期を迎えている。
 と、独りだけの部屋にトテっと小さな足音が響く。風優は視線だけを敷居に向ければ、小さな女の子が風優の方をじっと見ていた。
 それに気が付いた風優は文字から目をそらさず、低く威圧するような声を発する。

「んだよ」
「えっと……」

 女の子の視線が困ったように動く。外ではフェーブと子供たちの騒がしい声が響いている。

「猫さんの名前は?」

 どうやら、この子は猫に興味があるらしい。風優は自分の足元で丸くなる猫を見る。黒猫は時折しっぽを振るだけで、それ以外は動かない。そういえば、猫の名前は知らないな、と風優は思った。
 女の子の瞳はじっと猫を見つめている。

「ここの女将なら知ってる」
「お兄さんの猫じゃないの?」

 それがどうしたんだ。風優は答える気がないのか、本の文字に集中した。女の子は首を傾げて、風優に近寄ってくる。そして、彼の目の前に来て、猫と彼をじっと見つめた。
 姿を見られている事が擽ったいのか、風優は数歩下がって、壁側に背中をつける。そして、女の子と向き直った。改めて女の子を見れば、ぼろぼろの着物を着ており、頬は煤だらけだ。栗毛の髪もくしゃくしゃ。暫く風呂に入っていないのだろう。微かに髪の臭いも混ざっている。

「お前、ここの働き手か?」
「うん。そうだよ」
「そうかい」

 風優は何も言わずに文字に目を通す。しかし、女の子の視線が嫌なのか、文字は頭に入ってこない。

「ねえ、お兄さん!」

 そして、再び視線を女の子に。彼女はにこにこと笑って、風優を見ていた。

「何のお本を読んでるの?」
「本は本だ」
「何て言う題名?」

 風優は黙り込む。表紙を少女側にしているのだから、文字は見える筈だ。尋ねると言う事は、それほどの学を持っていないのだろう。
 女の子は面白そうだなぁ、綺麗な柄だなぁと目を輝かせている。そのキラキラと光る瞳は水平線に反射した光。女の子の瞳は海を映しているようだ、と風優は思った。

「おい、こっちに来い」
「うん?」

 女の子は不思議そうな顔をして、風優の傍に寄る。怪訝そうな顔をしつつ、彼女に墨を含ませた筆を持たせる。書院には便箋用の紙がある。その紙と少女を向き合わせた。

「ほら、この字書いてみろ」

 本をそっと紙の傍においてやれば、少女は慣れない手つきで筆を使う。風優はしっかりと筆を持たせてやる。そうすれば、少女はよろよろの字を完成させた。

「えっと……こう?」
「ああ。これで、蝉時雨って読む」
「せみしぐれってなあに?」

 風優は書院の前にある障子を開いた。それと同時に途切れることのない蝉の声が響く。女の子は外を駆ける子供とフェーブを見た後、明朗快活な瞳で風優に視線を返す。風優はそんな視線から逃れ、フェーブたちの鬼ごっこを眺める。

「蝉の声。途切れないだろ。でも、一瞬にして静まり返る」
「うん。蝉さんたちすぐ死んでしまうもの」
「この声を雨に例えた事だ。激しい雨の後、ぱたりと止む。蝉もああやって鳴くが、すぐに静まり返る」
「だから、蝉時雨なの?」
「ああ。一瞬のひと時だ」

 風優は何気なく少女の瞳を見た。何処までも無垢な瞳は風優の心を掻き乱す。邪険に扱えない瞳に苛立ちも感じるが、こういう瞳は嫌いではない。

「そろそろ、雨止んじゃうね」
「ああ……秋が始まる頃には止むだろうな」

 そう呟けば、やけに蝉の声が悲しく聞こえた。

 

 

 テロ活動の仕事は順調だった。クロノスとの徹底抗戦のため、嘘の情報を配り終えた風優はいつもの宿に戻る。フェーブも帰ってきて、彼はいつも通り子供たちと遊んでいた。
 この辺りは花街という事もあり、隠れるのにはもってこいだ。金さえ払ってしまえば、後は極秘の存在として扱ってくれる。
 不思議な事に、人間というのは慣れてしまえば、煩さなども気にならなくなってくる。ここに滞在して一ヶ月間。あの女の子は風優の元に毎日訪れた。
 そして、いろんな事を聞いてきた。時雨の事、花の名前や駒の打ち、風優が好きな三味線。音を鳴らせば、どうやって音が鳴るのかまで聞いてきた。答えられず、二人でうんうんと悩む始末。
 しかし、どんなに勉強しても、あの子はここから出られない。もちろん、他の子供たちもだ。フェーブも分っているのだろう。
 それが、奴隷の末路だからだ。




 秋が近づいた頃、風優の元にあの女の子は現れなくなった。風邪を引いたのだろうかと、心配になりもした。
 が、あそこまで頑なに遊びを断った風優だ。フェーブや他の子供に尋ねるのも気が引けた。何より、花街の子供たちの行く末など決まっているのだ。
 煙管を手に、ぼっと外を見つめる風優が庭からでも見える。書院の窓障子を開ききっているためだ。その行動は誰かを探しているようにも見える。今にでも蜻蛉が彼の頭に止まりそうだ。
 風優の異変に気がついたのはフェーブだった。いつもなら、子供と庭を駆けているだけでも、煩そうにしている彼が外を見て黄昏ているのだ。フェーブは書院の窓から顔を覗かせる。

「風優、頼まれてた煙草じゃ。お前、どうしたんじゃ?」
「ん、ああ……」

 我に返ったように煙管の灰を煙草盆に乗せ、珍しく口篭っている。フェーブは煙草を彼の目前に置いた。そして、彼を見て、カラカラと笑った。

「何じゃ。良い女でもいたのか?」
「そんなんじゃねぇよ。万年、盛りのお前とは違う」
「どうしたんじゃ?」
「あのよ」

 少しためらうように、切なげに揺れた隻眼。しかし、すぐにフェーブを見据えた。

「あの女の子どうしたんだ」
「女の子? ああ、あの子か」

 風優はその答えには応じず、じっとフェーブを見ている。先を話せと、彼の隻眼が告げている。

「あの子なら、引き取られた」
「そうかい」
「気に入ってたのか?」
「お前よりはな」
「あっはっは、なきそうじゃ」

 フェーブはそう言って、ゲラゲラと笑った。風優は煙管を置くと、いつの間にか止んでいる蝉の声に気がつく。フェーブは外を見る風優に気がつき、少しだけ考えてから言った。

「風優、分っていると思うが」
「そろそろ、ここを出るんだろう?」
「うむ。分ってるならいいんじゃ。お前も言っておったが、どうせ、世界は終わるんだろう。それはもうすぐじゃ」

 フェーブは心情を吐露し、ゆっくりと腰をあげた。風優は片目だけでフェーブの姿を追う。何か言いたそうな顔をしているが、フェーブはそれを見ない振りした。

「フェーブ」
「なんじゃ?」
「お前、いきてぇって言ってただろ。最後なら見に行こうぜ」

 風優は水を向ける様に呟いた。フェーブが振り返れば、風優の視線は窓のほうに注がれている。深いため息をつき、茶髪をガシガシとかく。

「素直じゃないのぅ。まったく」
「お前もな」
「どの口が言うんじゃ」
「お前の口」
「……はぁ。仕方ないから、行ってやる。しかし、お前の奢りじゃ」

 フェーブは鼻で歌うように答えて、部屋を出て行く。そして、子供たちの前へ飛び出して、再び鬼ごっこが始まる。風優は何気なく、鬼ごっこをするフェーブや子供を見る。
 子供たちは増えたり減ったりしている。この一ヶ月でそれは分った。フェーブは悲しくないのだろうか。いつも、遊んでいる子供たちが日替わり変わるというのに。
 ふと、口が寂しくなり、煙管に手を出す。煙草を積め、火をつければ、口の中で香りが広がる。そして、口にたまった煙をふっと吐き出してみる。

「フェーブの野郎、買ってくる煙草違うじゃねぇか……」






 夜、花街を風優とフェーブは歩いていた。店頭の桃色灯火が怪しく輝く。甘い香りにフェーブは浮かれ歩きだ。風優はその様子に呆れ、煙管で額を小突いた。

「浮かれんなよ」
「あはは、久しぶりに遊べるからのぅ~うひひ」
「この変態! くたばれっ」

 風優はそれだけ言って颯爽と歩く。フェーブは慌てて風優の隣についた。

「まあ、何千年も生きればそう思うかもしれんが、一種の娯楽じゃよ」
「おい、着いたぞ」

 二人の目先にある一件の店は老舗のように繁盛している店だった。呼び込みの女に囲まれ、ふっと鼻に過ぎる香水。
 連れられて辿り着いた先は花街に相応しい廊下だった。人を誘うような、それでいて、数々の金目の物。フェーブは物色して、辺りをぐるぐる見回しているが、風優の頭には一つしか考えはない。
 値踏みするように風優を見ていた女の一人が、すっと風優の肩にふれ、からもうとする。風優は肩に添えられた手を払い、白粉を施された女を見た。

「おい、最近入った幼い子はいるか?」

 肩を払われた女は少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに色目を使う。風優は気が付かないふりをした。

「ええ。小さい娘が一人おりますが」
「俺はそいつと茶だけしたい。こいつは……自由にやると思うが」

 ちらりとフェーブに視線を移せば、彼は廊下を歩いていた煌びやかな女性に近づいて行った。

「禿ですが……」
「金は出すさ」

 女は少し困ったような顔をしたが、すぐに風優を通した。フェーブはふと足を止めて、風優を見やる。

「お前は泊まるのか?」
「帰る」
「あ、そうかえ」

 すれ違いとなる二人。風優は女の背をついて歩く。広い廊下を抜け、ようやく出たのは小さな座敷だ。

「音や、音や」

 源氏名で呼ぶ声。と、同時に聞きなれた声が響く。

「はい?」

 そこにいたのは紛れも無いあの女の子だった。彼女の目が風優の隻眼を見つめたとき、彼女の顔が明るく輝く。

「あ、お兄ちゃん!」
「よぉ」

 風優は小さく笑って、畳に腰を落とす。女の子も風優の傍にそっと座った。煤だらけだった頬や着物も綺麗になり、子供特有の柔らかそうな頬が目に付く。少し、太ったなと風優は感じた。

「お兄ちゃんって、どこでも行けるんだね」
「まあな……」
「私ね、ここで働く事になったんだ」
「楽しいか?」
「うん! みんな優しいよ」

 にこにこと笑う少女に風優はほっと安堵した。風優は袖から蝉時雨と書かれた本と分厚い本を取り出した。

「ほら、土産だ」
「これ、お兄ちゃんの本?」
「ああ。字は教えただろ。頑張って読んでみろ」
「うん!」

 嬉しそうに二冊を受け取ると、少女は花が咲くように笑った。

「まあ、辞書はくれてやる」
「辞書?」
「まあ、読めば分る。その本の後ろにある」

 風優はそれだけ言うと、ゆっくりと立ち上がる。女の子はそれを見て不思議そうに首をかしげた。

「もういっちゃうの?」
「ああ」
「そっかぁ。また、来てくれる?」

 女の子の問いに風優は黙る。無言で、腰を上げた。

「いずれ、な」

 本当のことは言えない。もう、二度とこちらに来れないかも知れないのだ。ただ、ニコニコと無邪気な笑顔を直視できず、風優は金を払い部屋を後にした。
 先ほど、風優の肩に手を置いた女性が少しだけこちらを見ていたが、「もう用はない」と告げれば、ゆっくりと頷いて案内を始めた。
 玄関先につき、金を支払った刹那だ。柄の悪そうな二人が屋敷に入ってくる。

「げへへ、クロノスの奴らの泣き顔が浮かぶぜ!」
「ヴェントの泣き顔、さぞかし笑えるだろうな!」
「ちげぇねぇ!」

 廊下を出る際、二人の男がすれ違い、風優は大きく目を開いた。
 男たちは風優に気がつくと、軽く会釈をして、奥に進んでいく。風優は呆然と外に出る。景色の事が全く見えていないのか、途中、玄関で足を踏み外しそうになる。周りにくすくすと笑われながら、屋敷を後にすれば、彼は膝を抱えて蹲るフェーブを発見した。

「おい、お前泊まるんじゃなかったのか?」
浅葱色はお断り出そうじゃ。グスっ」
「そりゃ、残念だったな」
「ありゃ……? お前、珍しい顔してるな?」
「知るか。こっち見るな。気持ち悪い」
「はは。まあ、そろそろ場所を移動しようか」

 フェーブは猫のようにコロコロ笑って歩く。風優は冷たい目で屋敷を振り返ったが、すぐに視線を前に向ける。しかしながら、風優は足取りを乱していた。それに気がついたフェーブは困ったように頭をかく。

「所詮、出会いと別れはすぐじゃ。あいつらは普通の時間を生きてるんじゃ」

 彼の言葉に、風優は口を開いたが、すぐに閉じた。そして、再び背後を振り返る。そんな風優に気がついたフェーブは深いため息をつく。

「同情か?」

 しかし、風優からの答えはない。それを肯定と受け取ったフェーブは頭をガシガシと掻いた。

「おまえ、今日は変じゃな」
「うるせぇッ!」

 普段、冷静を装っている風優が突然目の色を変えて叫んだ。一瞬、場が騒然とする。が、目前の男は全く動じていなかった。

「はぁ。機嫌が悪いのぅ。どうしたんじゃ、本当に」
「お前、知ってるんだろう」

 風優の低く唸るような声が、辺りに威圧感を放つ。

「ん?」

 フェーブが軽く首を傾げる。それはひょうひょうとしており、その奥底に宿る考えは掴めそうにない。風優も分ってるからこそ、目前の男を殺す勢いで睨んでいる。

「別のメンバーが来てた」
「何じゃ。見たのか」
「おめぇ、知ってたんだな。あいつらはこの街を焼くぜ! 女子供容赦なく、全部壊していく! あいつらも……あの、子供たちもッ!」
「まあ、そうじゃろうな」

 フェーブは小さく笑みを浮かべた。風優の殺意とは裏腹に、彼の声は淡々としていた。その笑みを見た風優は刀を握り、ゆっくりと構えた。

「見損なったぞ! フェーブ!」

 まるで、狼の威厳だ。ビリッとした殺気が周囲に駆け巡る。周囲にいた人々が油にはじかれた水のように風優とフェーブの外を逃げていく。

「お前は矛盾しとる」
「んだと?」
「お前は言ったがじゃ。どうせ、壊す世界なんだろ。んなもん、何がいい? 何の特になるとな」

 怒りに満ちていた風優の殺気が嘘のように消えていく。まるで、牙を抜かれた狼のように。

「ふざけてるのは風優、お前だ」

 フェーブはそう言って懐から愛用の銃を取り出す。それは風優の眉間を狙っていた。

「風優、お前は娘一人に惑わされたのか? 違うじゃろ。わしらの目的は何じゃ。娘を助ける事か? 違うじゃろう。世界に復讐すること、お前の目的はなんじゃ」
「おれ、俺は……」
「瑠夏、解っているんだろう?」
「私は……」

 瑠夏と呼ばれた風優はそっと刀に込めていた力をそっと解放した。構えも解く。それを確認したフェーブもゆっくりと銃を懐にしまう。

「お前が選んだんじゃろ? 目標のためには手段を選べない。そうだろう?」
「分ってます……」
「ほら、ここは危ない。そろそろ、雨が降りそうじゃなぁ。そうは、思わんか、風優?」

 能天気なフェーブの声が風優の耳に刺さる。風優は小さく笑って、空を見上げる。猫の目のような月と広がる星空を睨み、風優は大声で狂った様に笑った。

「今宵は時雨じゃな。きっと、火に包まれた街を雨が癒してくれる」
「どうだかな」

 風優は前を歩いていたフェーブを蹴り飛ばす。

「痛っ!? 何するんじゃ!」
「いや、なんかむかついただけだ」

 そう笑った風優の隻眼の目元は少しだけ赤くなっていた。街を出る陸橋を渡ったと同時に響き渡る悲鳴。振り返れば、街は見る見る内に炎に包まれていく。

「風優、行くぞ」
「ああ、さようなら」

 呟いた言葉は、誰に向けてかは解らない。ただ、いつしか降り出した雨が、悲鳴や炎もろとも包み込んでいった。





2015.07.22『病院!』

日付は23ですが、本日猫の病院にいってきました。

今のところ、疑わしい原因はアトピーとか皮膚的なものだそうです。

詳しいところはまだわかりませんが、一週間待ってみてダメだったらもう一度とのこと。

 

 

本日の更新はなしです。

これだけだと寂しいのでこっそりラグネ練習はっておきます。

のんびりまったりGuやってますので、気になる方はぜひ(*´ω`*)ノ

youtu.be

 

2015.07.21『雨は降らない』

「ほら、食えよ。腹減ってるんだろう」
「だ、誰が!」
 男はニヤッとする。こいつ、楽しんでると猫は男をねめつけた。男は手で魚を半分に裂くと、ひょいっと手で掴み口に入れる。上品とはいえない食べ方だったが、それはおいしそうに食べるのだ。
「流石、北鼠の魚だな。豊かな作物に自然。恵まれた肥料の土が川に栄養を流し込んで海に流れ込む。うめぇじゃねぇか」
「回りくどい説明だな」
「口に入れたら、魚がふわっと消えやがる。もったいねぇな。こんなにうめぇのに、頭の悪い猫はいらねぇと言う」
「お前、むかつくな!」
 余った魚を奪い取るようにつかみ、小さな口にいっぱいいっぱい詰め込む。そして、ぱっと目が丸くなった。
 男の言うとおりだった。口に入れた魚が舌に触れると、ふわふわと溶けて消えた。そして、旨みがぎゅっと口中で広がる。鼠の肉とは全然違う。
 ましてや、人里のごみをあさって食べた魚とも違う。
 思わず男を見る。男は笑っていなかった。こちらの様子をじっと見つめている。もしかすると、言葉を待っているのかもしれない。
「美味し……くない」
「あっそ」
 男はふっと笑った。あまりに優しく笑うものだから、もしかすると良い奴なのかもしれないと猫は思う。ごくんと全て飲み込み、男に向き直る。
「お前、名は?」
「東乃、雲と言う」
「ヒガ、シノクモ? 長いな……ひがしのくも、ひがしのくも」
「東雲で良い」
「シノノメ?」
 ややこしい名前だなと猫は思った。考えが伝わったのか、男はにやにやとしている。

 

 

 

2015.07.19『雨は降らない』五話

 

 

「うるさい! 早くソレどっかにやれ!」
「解せねぇな。これは商売道具だ」
 男はそういうと、片手で首を持ち、もう片方の手でそっと金色の髪の毛を梳いてみせた。猫はぎょっとしたように、「しょうばいどうぐ?」と復唱する。
「俺は人形師だ。こいつを売って生活している」
「にんぎょうし? なんじゃそりゃ」
「まあ、所詮……頭の悪い猫には理解できねぇか」
「お前、性格悪いな!?」
 男はまた楽しそうに笑った。この会話の何が楽しいというのか。本題はこれじゃねぇなと言わんばかりに、人形をその場に置いて鞄を漁る。出てきたのは魚の切り身だった。それも火を通した後だ。
 脂がのっているのか、少しの光沢。少しばかりの潮の匂い。すんっと嗅げば、ぐるるとお腹がなった。

 

 

22015.07.19『海!』

本日は充実した日々を送ってました(*´ω`*)フッフッフー

朝はバケモノの子を見に行こうと映画にいったのですが、人が多くて辞めました(

かわりにポケモンのフーパを!

フーパすごく面白かったです……!

格場面それぞれ驚きなどがありまして、本当に楽しかった><

戒めの意味を理解できないと、自分の輪で自分をくぐらせることができない。

お前も家族だからだよといって撫でるおじいちゃん(´;ω;`)

色々と考えさせられる内容で、自分の怒り(影)とフーパ自身との対峙。

フーパの成長的なものがあって、本当に良作だった!

さり気ないキャラクターの動作とか、個性が本当に良くでていた作品でした!

あと、音楽隊もすごい。人の声だけでメロディを作り出すって素晴らしいですね。

 

そのついでで、ディナンシーの方を借りてきたのですが、こっちはイマイチ盛り上がりにかけたかなぁと。

でも、XYの生と死にはとても良いないようだったなと思います。

ほのぼのしていて、こちらは子供向けだなって印象でした。

 

 

 

そして、昼からは海へ!

有名な岬にちょいくらいってきました(*´ω`*)

かにがいっぱいいる岬で、人でごった返しでしたw

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人があまりいないところをぱしゃぱしゃ。

左側をみると、岩場がたくさんありまして、人がぎっしりw

北海道の人なら、一度はいったことのある場所かもしれません!

 

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海といえば、海産ですね。

あと、焼きうにも食べました(*´ω`*)

うには苦手なほうなんですが、焼いて食べると味が全然かわって、ほくほくした感じ。

生臭さがとれて、苦手な自分でも美味しく食べれました!

 

 

夜は弟とドライブにいって、TUTAYAや中古品のところをうろうろ。

小狐丸のスリーブがあって、「か、かわええ」ってなったんですが、値段みてやめました。

カードケース使わないのに五百円出すとか、ちょっとね(´・ω・`)

最近、動物?をもふりたくてしょうがない(((

 

そして、かんこれ!

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むふん(/・ω・)/

空母系ですね何がくるかな~!

 

 

そして、もうすぐデスノート

二話でキラ特定されてやばそうですw

ネタで今見ようと模索中。